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津地方裁判所 平成7年(行ウ)12号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

渡辺伸二

小川正

被告

地方公務員災害補償基金三重県支部長北川正恭

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

田畑宏

被告指定代理人

瀬戸茂峰

谷口實

松本秋景

森川泰博

岡田祝男

宮城朝久

主文

一  被告が平成4年2月13日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は,伊勢市立伊勢総合病院(以下「本件病院」という。)の准看護婦として勤務していた原告が,勤務中にくも膜下出血を発症したことについて,被告が地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を行ったことについて,原告がその取消しを求めた事案である。

一  前提となる事実

1  原告(昭和22年5月17日生)は,昭和54年4月1日に伊勢市に准看護婦として採用され,同日以降,本件病院に勤務していた。

2  原告は,平成2年7月19日当時,救急病棟で勤務しており,同日入院患者の洗髪業務に従事していたところ,突然気分が悪くなって倒れ,くも膜下出血と診断された(以下「本件発症」という。)。右くも膜下出血に対する手術の際に,原告の脳血管の前交通動脈部分に動脈瘤が存在したこと及びこれが破裂して本件発症に至ったことが明らかになった。

3  原告は,本件発症は公務に起因するものであるとして,平成3年3月8日,被告に対し,地方公務員災害補償法25条2項により公務災害の認定を請求したところ,被告は,平成4年2月13日付けで本件発症を公務外の災害と認定した(以下「本件処分」という。)。

4  原告は,これを不服として平成4年2月21日付で地方公務員災害補償基金三重県支部審査会に対し審査請求をしたが,同審査会は平成6年8月10日これを棄却した。そこで,原告は,さらに同月18日地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが,平成7年8月30日付けでこれも棄却されたので,本訴提起に至った。

二  争点

本件発症の公務起因性の有無

三  争点に関する原告の主張

1  公務起因性の判断基準について

地方公務員災害補償法は,公務上で負傷した職員あるいは死亡した職員の遺族が人たるに値する生活を営むための最低基準を定立してそれらの者に保護を与える制度であって,憲法25条の生存権保障規定にその根源を有するものである。したがって,「公務上の災害」とは,公務と災害との間に合理的な関連があれば足りるというべきである(合理的関連性説)。本件のような脳・心疾患においては,〈1〉これらの疾患が発生したこと,〈2〉当該疾患発症に影響を与える公務に従事していたこと,〈3〉当該公務への従事と,当該疾患の発症,増悪,軽快,再発などの推移の関連性が認められることの3要件を充たせば公務上の災害と認定すべきである。

2  原告の業務の過重性

原告が従事していた看護業務は,以下のとおり,極めて過重な身体的・精神的負荷を伴う業務であった。

(一) 看護業務自体が肉体的,精神的負荷を伴う過重な業務である。すなわち,看護労働においては,ベッドメイキング等の病床・病室の準備,衣類の着脱や,バイタルサインのチェック,医師の回診の補助等多種多様な作業を,患者からのナースコールに対応しつつ行わなければならず,休憩時間も十分に取れないのが現状である。患者の輸送・移動,ベッド上での体位変換・清拭等の作業では患者の体重を支えたり,抱えたりする必要があり,肉体的負荷が大きい。また,人の生死と直接関わるため常に神経を緊張させていなければならない。特に,原告が勤務していた救急病棟においては,患者の容態の変化については常に気を配り,監視を続ける必要があって,精神的負荷が大きい。

(二) 看護業務に伴う夜間勤務は,人体の生理的機能のリズムに反するものである。夜間勤務による疲労は日勤による疲労よりも大きく,また昼に睡眠をとったとしても,それは夜間にとる睡眠よりも眠りが浅く,時間的にも十分でない質の悪い休息であって,十分に疲労は回復できないまま慢性疲労の原因となる。また,夜間勤務において看護婦は休憩時間も十分にとれないのが実状であって,仮眠などほとんどとることはできない。さらに,看護婦の業務においては,製造業などの夜間勤務と異なり,不規則に日勤,夜勤(準夜勤,深夜勤)が組み込まれており,これが重い負担となる。

(三) 原告が昭和58年から平成2年3月まで勤務していたICU(集中監視病棟)においては,術後急性期患者を扱うことが多いから,高度の緊張状態の中で,多様な業務を時間に追われて行うことを余儀なくされ,しかも患者には意識がないため,その体位変換などで非常な力を要し,その肉体的負荷も大きい。

(四) 原告の本件発症前1年間における夜間勤務の回数は,平均月9.4回であり,これは昭和40年5月24日人事院判定における月8回の基準を大きく上回る劣悪な勤務実態であった。また,「日勤→深夜」のパターンにおいては,勤務と勤務との間の休息時間が7時間30分と非常に短く,これが身体に過重な負荷をもたらすが,原告は,右パターンを1ヶ月に平均して3ないし4回繰り返しており,発症前1か月間においては5回も繰り返しているものであるから,これが極めて過重な業務であったことは明らかである。

(五) 原告は平成2年4月から救急病棟勤務となったが,業務内容も異なるのみならず,同僚との対人関係も新しくなるのであるから,それに慣れるには一定の期間がかかり,相当の負担がかかった。

(六) 本件発症前1か月間の業務について,看護婦1名が産前休暇に入った関係で,救急病棟の看護婦が1名減員となり,折から夏季休暇の時期と重なったこともあって,救急病棟は極めて多忙な状態となった。さらに,この時期救急病棟に精神的に不安定な患者がおり,再三にわたって必要のないナースコールをするなど,看護婦の負担を著しく増やしたという状況があった。

(七) このような多忙な状況の中で,本件発症当日,原告は,入院患者の洗髪業務を行ったが,これは本来看護婦2人で行うべき業務であって,それ自体が過重な負荷であった。また,右患者は,自力歩行ができる状態ではなく,身体に装着された点滴用のチューブやドレーンが外れることや,手術時の傷が開くことを極度に恐れていたことから,原告の介助によって浴室まで車椅子で移動し,浴室の洗髪チェアーに移動する際にも,原告に抱きかかえられながら,全体重を原告に預けるようにした。これが,原告にとって大きな過重負荷となり,本件発症に至ったものである。

3  原告の基礎疾病について

原告の脳動脈瘤が,いつ形成されたものかについては明らかではないが,看護業務による過重負荷によって,血圧の上昇等強い血行力学的負荷を受けたことにより発達し,血管壁の脆弱化をもたらし,遂に破裂に至ったものである。

4  公務起因性について

以上によれば,過重な看護業務が基礎疾病たる原告の脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させたものといいうるから,本件発症の公務起因性は認められるべきである。

四  争点に関する被告の主張

1  公務起因性の判断基準について

地方公務員災害補償制度は,労働者災害補償保険法との不均衡を是正する目的で整備されたという沿革があり,その運用も均衡がはかられるべきであるところ,労災保険法における災害補償責任の本質は,企業危険責任にあるとあると(ママ)解されている。したがって,地方公務員災害補償制度の本質も企業危険責任の考えに則って解されるべきであり,公務上の傷病と認められるためには,当該傷病と公務との間に相当因果関係が認められること,すなわち公務に内在ないし通常随伴する危険が現実化して公務員が負傷し又は疾病にかかったと認められることが必要である。

そして,相当因果関係が認められるためには,基礎疾病等の他の要因と比較して当該公務が傷病発症の原因として相対的に有力な原因となっていることが必要であると解すべきである。

被告が,公務上外の判断基準として用いている基金理事長通達「公務上の災害の認定基準について」(昭和48年11月26日地基補第539号,以下「基金理事長通達」という。)及び基金理事長通知「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について(通知)」(平成7年3月31日地基補第47号,以下「基金理事長通知」という。)では,くも膜下出血を含む11の脳・心疾患について基金理事長通達2(3)シの「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」に該当すると認めるためには以下の事情が認められる必要があるとする。

〈1〉 発症前に次のいずれかの事情が認められること

ア 業務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと

イ 発症前に,通常の日常の業務(被災職員が占めていた職に割り当てられていた職務のうち,正規の勤務時間内に行う日常の業務をいう。)に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事したこと

〈2〉 〈1〉の事情により,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管疾患の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢,一般的生活等によるいわゆる自然的経過を超えて急激に著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷を受けていたこと

さらに右通知においては,「通常の日常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務」の意義について,「通常に割り当てられた業務内容に比較して特に過重な業務をいい,例えば,日常は肉体労働を行わない職員が,勤務場所又はその施設等の火災等特別な事態が発生したことにより,特に過重な肉体労働を必要とする業務を命ぜられ,当該業務を遂行した場合,業務上の必要により発症前に正規の勤務時間を超えて週数十時間にまで及ぶ過重な長時間勤務を1か月以上にもわたって行っていた場合又は暴風雨,豪雪,猛暑等異常な気象条件下での業務を長時間にわたって行っていた場合等通常の日常の業務に比較して勤務時間及び業務量の面で特に過重な業務の遂行を余儀なくされた場合がこれに該当する」としている。

これは,素因,基礎疾病の存在を前提にしつつ,公務による過重負荷の有無を考慮すべきとするもので,相対的有力原因説に立脚したものである。

2  原告の勤務状況について

(一) 原告は,看護業務自体の過重性を強調するが,これは,業務実態と本件疾病との結び付きを具体的に明らかにしないまま,看護業務が忙しいという素人的認識を誇張するものであって失当である。

(二) 原告のICU勤務(昭和58年から平成2年3月まで)については,その勤務実態が具体的に示されていない。

(三) 原告は,平成2年4月からそれまでのICU勤務から救急病棟勤務に異動したが,ICUと救急病棟とは,勤務場所は一体的配置となっていたし,それぞれの看護婦間のコミュニケーションも図られうる状態であり,相互に応援を出し合うなど人的な交流もあったものである。したがって,新たに救急病棟に異動したからといって,原告が人間関係の面で強い精神的ストレスを受けていたとはいえない。

また,原告にとって救急病棟は初めての経験であったわけではなく,それまでに3年間にわたって同病棟で勤務した経験があったから,その仕事内容の面でも慣れ親しんだ勤務場所であった。

(四) また,発症前1週間についても,体温及び血圧の測定,回診の介助,準夜勤・深夜勤における定時注射,病棟の巡視等通常の看護業務の範囲内であり,特段突発的な出来事もなく,勤務ローテーションも通常のものであって,休日も取れていた。

(五) 本件発症前1年間において,原告は,平均月9.4回の夜間勤務を行っているが,右回数にしても,病院における平均水準の域を出ていない。さらに,原告が過重であると主張する「日勤→深夜」のパターンについても,病院においては,深夜勤務の後は十分な休息時間が確保されているし,「休日→深夜」のパターンが休日明けの深夜午前零時から勤務しなければならないので精神的に十分な休息が取れないということもあって,現実にこれよりも好まれているものであるから,「日勤→深夜」のパターンが多いからといって,過重な業務であったとはいえない。

(六) 本件発症直前の洗髪業務について,洗髪を行った患者は,医者の歩行許可が出て,自力歩行能力もあったもので当時相当に回復していたものである。したがって,実際に原告の介助のもとで車椅子で移動したかは疑わしいし,そうであったとしても,洗髪チェアーに移動する際,原告に自らの全体重を預けるといったような状況はなかった。したがって,この点で原告の肉体的負荷は軽微なものであった。また,通常2人の看護婦で行われている患者の洗髪業務を,原告が1人で行ったのは,右患者の体調が順調に回復していたことを示すものである。

(七) 要するに,原告の業務内容は,その夜間勤務の回数においても,超過勤務時間においても,通常業務の域を出るものではなかったし,病院における他の看護婦の平均と比較しても,原告の業務が過重とはいえないものであった。また,本件発症直前の洗髪業務についても,さほどの負荷を及ぼすものではなかった。そして,原告が経験豊富なベテラン看護婦であったことからして,精神的ストレスもさほどなかったものと考えられる。

3  原告の基礎疾病について

本件発症は,原告の脳動脈瘤が基礎疾病となったものであるが,脳動脈瘤の形成,発達,破裂の機序は,医学経験則上必ずしも明確ではなく,過重な業務が直ちに脳動脈瘤破裂に結び付くという医学的知見は存在しない。そうであれば,本件疾病も,基礎疾病である脳動脈瘤の自然的経過によって破裂に至ったとしかいい得ない。

4  公務起因性について

以上によれば,原告の脳動脈瘤の増大ないし破裂は自然経過によるものと認められ,看護業務の肉体的,精神的負荷による影響はないというべきであるから,本件発症の公務起因性は否定されるべきである。

第三当裁判所の判断

一  原告の業務について

前記前提となる事実及び後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

1  原告の経歴等(〈証拠略〉)

原告(昭和22年5月17日生)は,昭和40年3月に准看護学校を卒業後,同年4月に准看護婦免許を取得し,名古屋市の中部労災病院に勤務するなどし,結婚,出産等を経た後,昭和54年4月1日に伊勢市に准看護婦として採用され,同日以降,本件発症までの期間,本件病院に勤務していた。

原告の性格は温厚かつ真面目で,患者からの要求に真摯に応えるなど,その勤務態度は良好であった。他方,原告は,本件発症当時,家庭においては3人の子の母親であり,主婦であった(夫とは,本件発症当時,既に離別していた。)。

原告は,本件病院において,昭和59年4月から,平成2年3月までは,ICU病棟で勤務し,平成2年4月から救急病棟勤務となった。本件発症後の平成3年2月7日から休職となり,その後平成6年2月7日をもって規定により退職となった。

2  本件病院の概要(〈証拠略〉)

本件病院は,病床数419床,診療科目として内科,小児科,精神科,外科など合計15科を有する救急指定の総合病院であり,職員総数は常勤の正規職員が389人(うち医師44人),常勤の臨時職員61名,非常勤職員が10人(うち医師1人)である(ただし平成6年1月現在)。

3  本件病院における看護業務一般について

本件病院における看護婦の勤務体制は,日勤業務(午前8時30分から午後5時まで),準夜勤業務(午後4時30分から翌日の午前1時まで)及び深夜勤業務(午前0時30分から午前9時まで)の3交代制である(〈証拠略〉)。

(一) 原告が昭和59年4月から平成2年3月まで勤務したICU病棟における一般的な勤務内容は,別紙一のとおりである(〈証拠略〉)。

(二) 原告が平成2年4月から本件発症時まで勤務した救急病棟における一般的な勤務内容は別紙二のとおりである(〈証拠・人証略〉)。

4  昭和63年1月から平成2年3月まで(ICU勤務)及び同年4月から本件発症前まで(救急病棟勤務)の勤務状況(〈証拠・人証略〉)

原告の上記期間の勤務状況は別表1のとおりである。この間,夜間勤務の回数は,昭和63年及び平成元年は1か月平均10回程度,平成2年1月から同年6月までは平均8.7回であった。

5  原告の発症前1か月間の勤務状況(〈証拠・人証略〉)

(一) 原告の本件発症前約1か月間(6月18日から7月19日)の業務の状況は,別表2のとおりである。右期間における勤務日は22日,休日は10日であり,総労働時間は166時間55分,うち時間外勤務は合計9時間25分であった。なお,同別表中,夜間勤務日の備考欄に記載されている「日勤申告」とは,夜間勤務の場合,次の勤務者への申告(申し送り)に時間がかかるため,常時30分の時間外勤務がされていたことを示している(時間外手当の割合について,右日勤申告30分については,夜間勤務の時間外勤務としての割合(100分の150)ではなく,日勤の時間外勤務の割合(100分の125)として算定されていた。)。

この間,夜間勤務の回数は合計10日(うち深夜勤務が6日,準夜勤務が4日)に及ぶ。このうち,「日勤→深夜」のパターンは5回,「休日→深夜」のパターンはなかった。

(二) 同年6月22日から同年7月19日までの,救急病棟における患者数及び看護婦数等の推移は,別表3のとおりである。

(1) 同年7月6日から,ICUの主任看護婦が産前休暇に入ったため,救急病棟の主任看護婦がICUに異動したところ,これに対する人員の補充がなかったことから,23名体制で行われていた救急病棟の業務を1名減員という状態で行わなければならなくなった。折から,夏季休暇の時期と重なったことから,救急病棟は人員不足となり,通常よりも多忙な業務を強いられることとなった。

被告は,右の点について,右期間において患者数が急増したわけではなく,看護婦1人当たりの受け持ち患者数が増加したとする点についても,原告の主張は,その前提となる数値を誤ったものであると主張する(看護婦1人当たりの受け持ち患者数とは,ある一定期間における延べ入院患者数を1日当たりの病棟在籍看護婦総数〈1日当たりの病棟在籍看護婦総数に当該期間の日数を乗じた値〉で除したものであるところ,原告は日勤・準夜勤務・深夜勤務の看護婦の延べ人数で除している。)。しかし,本件で問題となっているのが看護業務の過重性であることからすれば,在籍する看護婦数を基準として検討するよりも,実際に看護業務に従事した看護婦の実数を検討する方が実際に即しているというべきであるところ,別表3にみられるとおり,右の数値は,日勤の数においても,日勤・準夜・深夜の総数においても,明らかに7月6日以降の方が,それ以前よりも増加しているものであるから,被告の右主張は,当を得ないものである。

また,後記のとおり,原告が,本来2人で行うべきとされている患者の洗髪業務を,1人で行うことを余儀なくされた事情に照らしても,右期間の救急病棟が相当に多忙であったことが推認できる。

右別表の日勤の数値を見ると,7月6日以降とそれ以前とでは,0.7ないし0.9の開きが認められるが,看護婦1人当たりの受け持ち患者数が4人ないし5人であったことからすると,実際の労働量においても相当な違いが出てくるものと推察される。

別表1 原告の昭和63年以降の勤務状況

〈省略〉

(2) また,当時,救急病棟の入院患者の中で,やや精神的に不安定な患者が1名おり,深夜にナースコールを数十回にわたって行ったり,しきりに医師の診察を求めたり,看護婦の身体に噛みつくことなどもあったことから,救急病棟の看護婦の業務は余計に増したことが推認できる。

(3) 右期間中の7月14日,原告は,日勤業務を行い,その約7時間後の翌15日の午前零時30分から深夜勤務を担当した。この日は,本件病院が救急当番であったところ,深夜帯に4名もの入院患者があり,極めて多忙な業務であった。

被告は,15日の深夜勤務について,新たに入院したとされる4名の患者はいずれも重症患者ではなく,さほど注意を要しなかった旨主張する。しかしながら,救急患者である以上,相応の病状であったと考えられるし,重症であるか否かは,診断して初めて判明することもあるのであるから,単に重症患者でないという結果をもって,簡単な処置で済んだと断ずることはできない。また,救急当番の日においては,夜勤者は,新たに搬入された救急患者の処置に当たりつつ,他の入院患者の処置にも当たらなければならないのであるから,救急当番の日においては通常より1名多い3名で夜間勤務に当たることを考慮しても,その業務が多忙となることは否定できない。そして,何よりも,深夜救急病棟に患者が搬入された際,少ない人員で処置を行う医師,看護婦の緊張感を考慮するならば,4名もの救急患者が搬入された同日の勤務が相当な肉体的・精神的な負担を伴うものであったことは容易に推認できるところである。したがって,被告の右主張は採用しない。

別表2 原告の本件発症前約1か月間の勤務状況(平成2年6月18日~7月19日)

〈省略〉

6  本件発症当日の原告の勤務状況等(〈証拠・人証略〉)

(一) 原告は,本件発症当日である平成2年7月19日,午前8時30分から午後5時までの日勤勤務に従事した。

(二) 原告は,当時,同年6月17日から救急病棟に入院していたO(以下「O」という。)に医師からの洗髪許可が下りたことから,Oから洗髪の依頼を受け,これを行う旨約束した。ところが,原告は,同日の昼ころ,急に人手の都合が付かなくなり,Oに洗髪をしてあげられなくなったから,代わりの人を探す旨伝えたが,代わって洗髪を行う看護婦が見つからなかったので,結局,原告が洗髪を行うこととした。もともと歩行困難な患者の洗髪業務は,通常,看護婦が2人がかりで行うものとされていたが,前記のとおり,代わりの看護婦が見当たらなかったことや,1人でもできると判断したことから,原告1人で行うこととしたものである。Oは,6月17日の交通事故によって膵臓が断裂する重傷を負い,これを縫合し膵管ドレナージ等を挿入する手術を受け,以後入院していたもので,ベッド上で洗髪を行うことはあったが,浴室での洗髪は初めてであった。Oは,洗髪当時,腹部に2本の排液用ドレーン,肩には持続点滴のチューブを装着した状態であった。

別表3 救急病棟における患者数,看護婦数等の推移

〈省略〉

原告は,Oがベッドから車椅子に移るのを介助し,車椅子を押して約15メートル離れた浴室へ行き,車椅子を押して入口のスロープを上がり,Oを車椅子から洗髪台前に移動させた。浴室は,当時高温多湿の状態であって,原告及びOは,中に入った途端,むっとする感じを受けた。洗髪台は正面にあり,その前に患者が座る洗髪チェアーが設置されていた。原告は,まず,点滴器等を洗髪台横の点滴台に移動した上で,ドレーンやチューブが外れないように気を配りながら,身体をかがめるようにして,Oに自らの首に手を回させ,抱きかかえるようにしながら,Oを立たせ,ゆっくりとOを洗髪チェアーに移した。Oは,まだ歩行もままならない状態であって,足に力が入らず,動く度に腹部の縫合部分の痛みや,ドレーンやチューブが外れないかを絶えず気にしていたことから,自らの体重を半ば原告に預けるような状態で移動した。原告は,シャワーの湯の温度調整などの準備をし,洗髪にとりかかったが,すぐに手が止まり,「ちょっと待ってね。」と言ってうずくまり,本件発症に至った。

被告は,以上の認定に対し,証人Oの証言は,本件発症の当日のことについては明確に答えるものの,それ以外のことについては記憶が曖昧であって,その証言内容は原告を支援する意図に出たもので信用できないものであると主張する。そして,右時点において,Oには自力歩行能力があったものであるから,浴室まで車椅子で移動したか疑わしいし,洗髪チェアーへの移動の際,原告に対し全体重を掛けてはいなかった旨主張する。しかしながら,Oにとってみれば,自分を看護してくれた看護婦が突然倒れるという極めて印象的な出来事であったからこそ,このことについては記憶が鮮明であったと考えられ,そのことは何ら不自然ではないし,その供述内容においても終始一貫しており,原告に対する面談聞取の内容(〈証拠略〉)とも合致するものであるから,十分信用できる。

ところで,Oに関する看護記録(〈証拠略〉)においては,7月17日の欄に「助力なしでトイレ歩行ができるようになり全面達成できた。」という記載があるが,7月14日に自力にてトイレ歩行ができたという記載以外にOが自力歩行をしたという記載はないし,右7月17日欄の記載の体裁からしても,7月14日から同月17日までの間の評価として,14日に自力歩行ができたことを指してこのように記載されたものであると認められ(〈人証略〉),Oが日常的に自力歩行できたことを意味しているものではない。しかも,Oは,当時開腹手術を経ており,腹部に装着したドレーンや点滴が外れることを必要以上に気にしていたというのであるから,車椅子から洗髪チェアーへ移動するに当たって,自らは余り力を入れることはなく,結果的に原告に体重を掛けることになったとしても不自然とはいえない。

二  原告の健康状態等(〈証拠略〉)

原告は,昭和63年ころ糖尿病と診断された以外は(その後は糖尿病と診断された形跡はないことから,治療を要するようなものではなかったと推認できる。),職場の健康診断において身体に大きな異常が認められたこともなく,本件発症以前に目立った既往症はなかった。また,高血圧症,喫煙,飲酒等,脳血管疾患のリスクファクターとなるような要因も存しなかった。また,本件発症当時,原告は身長157センチ,体重53キログラムであり,特に肥満といえるような体格ではなかった。

原告は,本件発症の2,3か月前ころから家庭でも疲れた様子を見せるようになり,その疲労度は本件発症の1週間前ころから著しくなった(〈証拠略〉)。ただし,疲労はあったものの,気丈な性格であったこともあり,疲労を表に出すことは少なかった。また,本件発症の前駆症状と明らかに認められるような大きな疾病は認められなかった。

三  本件発症に関する医学的所見

1  脳動脈瘤及びくも膜下出血に関する医学的知見

証拠(〈証拠・人証略〉)によれば,以下の事実が認められる。

(一) 脳は,表層から順に頭皮,頭蓋骨,髄膜によって被われており,髄膜の外層には硬膜という強固な繊維性組織が存し,その内面に接してくも膜と呼ばれる透明な層があり,くも膜小柱及び中隔によって,さらに内部の軟膜と連続している。このくも膜小柱及び中隔によって形成される間隙をくも膜下腔といい,この部分を髄液が充たしている。このくも膜下腔に存する血管が破れ,血液が流出し貯留した状態をくも膜下出血という。

(二) くも膜下出血の原因としては,脳動脈瘤(70~80パーセント),脳動静脈奇形(5~10パーセント)など脳血管病変を有する疾患,とりわけ脳動脈瘤が大多数を占め,その他脳腫瘍,血管疾患,出血性素因に伴う出血,原因不明の出血等が残りの約10ないし20パーセントを占める。

(三) 脳動脈瘤には嚢状動脈瘤,木ノ実状動脈瘤,紡錘状動脈瘤があるが,このうち破裂するのは嚢状動脈瘤で,紡錘状のものはほとんど破裂しない。動脈瘤壁には,中膜欠損がみられる。嚢状動脈瘤は普通3~7ミリのものが多いが,最大径70ミリに及ぶものもある。ときに鶏冠(ブレッブ)といわれる膨隆部がみられ,この鶏冠が破裂することが多い。脳動脈瘤は,脳底部血管分岐部に好発するが,その中でも特に好発する部位は,内頸動脈・後交通動脈分岐部,前交通動脈の主な分岐部,中大脳動脈の主な分岐部であり,これらは三大好発部位といわれているところ,このうち内頸動脈瘤と前大脳動脈瘤が最も多い。

(四) くも膜下出血の3分の1が睡眠中に起こっており,特別な外的ストレスと無関係に起こりうるが,普通の状態で3分の1,残りの3分の1が性交,排便等の肉体的,精神的緊張時に発生している(〈証拠略〉)。

(五) 脳動脈瘤の形成原因に関しては,脳動脈の血管壁に先天的な欠損があることを重視する見解(先天説)と,血行力学的ストレス等の影響によって血管壁が変性し,内弾性板が損傷するという後天的要因を重視する見解(後天説)と,これら2つの要因の総合作用であるとする見解(合併説)の3説がある。

(六) 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の発生率については,統計上,全人口の約5パーセントが脳動脈瘤を有するものの,くも膜下出血を発症するのは,そのうちの約1パーセント弱(全体の0.0005パーセント)に過ぎない。

2  原告の脳動脈瘤について(甲三,主治医〈坂倉允医師〉の所見)

本件発症直後の脳血管撮影時の所見によれば,原告の脳内前交通動脈部分に11ミリ×8ミリ×7ミリの動脈瘤が認められ,これが破裂したことによって,本件発症に至ったものである。

3  各医師の意見

(一) 三重大学付属病院医師中野赴の意見(甲三)

発症以前24時間及び1週間以内に異常な出来事はなかったし,通常の業務内容に比し特に過重負荷があったとは考えられないから,原告には動脈瘤が以前より存在し自然経過として勤務中に破裂したと考える。

(二) 山田赤十字病院医師坂倉允(主治医)の意見(甲三)

原告の脳動脈瘤は,本件発症時において破裂しやすい状況にあったものと推察されるが,剖検例において未破裂動脈瘤の存在が指摘されていることからすれば,原告の脳動脈瘤が必然的に破裂するものであったとは言い切れない。看護婦という職務内容は心身の疲労が激しく,本件は総合病院であったことからなおさらであり,過度の緊張等によって急激な血圧上昇を来すことは容易に想像できる。公務が脳動脈瘤破裂の誘因となったとは断定できないが,可能性は十分にあると考える。

(三) 臨港病院医師橋本信和の意見(甲四〇,証人橋本信和)

原告の看護業務内容を考えれば,肉体的,精神的ストレスが慢性的に加わった状態であることは容易に想像できるが,原告の場合,夜間勤務によって,夜間でも血圧の低下が得られていない点が重要であり,慢性的な血圧上昇による動脈瘤内圧の変化が動脈瘤壁の損傷と修復のバランスを崩し,動脈瘤の脆弱化及び増大をもたらした可能性が十分に考えられる。そして,これに発症直前の業務による,いわゆるバルサルバ手技と同様の状態が直接の原因となって脳動脈瘤の破裂に至った可能性が強く示唆される。

(四) 名古屋大学医学部助教授(現在教授)宮尾克の意見(甲三,証人宮尾克)

各種ドレーンや点滴を装着し,術後痛みを訴える動作の不自由な患者を車椅子から洗髪チェアーに移動介助する業務が,看護婦に対し強度の身体的及び精神的負荷を引き起こす可能性のある過重な業務であることは後記シミュレーション実験の結果から明らかである上,病室から高温多湿の浴室への移動は著しい作業環境の変化を伴う業務であるといえる。本来洗髪業務は,2人の看護婦による共同作業が推奨されているものであり,この業務の遂行中に本件発症に至ったことからすれば,当該業務が本件発症の引き金になったことは明白である。

(五) 三重大学医学部助教授小島精の意見(乙九,証人小島精)

血圧の上昇が,脳動脈瘤の形成,発達,破裂に大きな影響を及ぼすとはいえない。過労,精神的ストレスがあったとしてもそれが脳動脈瘤の形成に関与したかどうかは明らかではなく,原告の脳動脈瘤の形成原因については不明である。

また,原告の発症前1週間の業務は通常業務であり,特に過重な業務とは認められないし,発症直前の洗髪業務もさほどの負荷とは考えられないことから,業務が原因となって発症したものとは認められない。

4  医学的意見についての検討

以下,右意見のうち,対立がみられる点について順次検討する。

(一) 脳動脈瘤の形成,発達,破裂の要因

橋本医師と小島助教授との間で,脳動脈瘤の形成,発達及び破裂の要因について見解が異なっている(坂倉医師,宮尾助教授の各見解は,概ね橋本医師の見解に近いものと思われる。)。しかしながら,両者とも,血行力学的ストレスが,いずれの過程においても重要な役割を占めることでは一致しており,両者の結論の相違は,〈1〉右血行力学的ストレスに関する諸要素,すなわち,血流の速度,方向,血圧,血流によって生じた渦巻,血管壁に対する振動等(証人小島精)のうち,血圧の影響をどの程度重視すべきか,〈2〉血管壁の破壊と修復のバランスをどの程度重視すべきか,〈3〉先天的要因をどの程度重視すべきかという点に存するものと考えられる。

(1) このうち,〈1〉の点について,小島助教授は,血圧の上昇を脳動脈瘤の形成,発達,破裂の要因としてさほど重視すべきではないとし,その理由として,各過程において血圧の上昇が重要な要因であるとするならば,高血圧症の人に脳動脈瘤がもっと多く発生すると思われるのに,現実にはそうでもないことから,血圧を重視すべきではない旨述べる。しかしながら,血行力学的ストレスとは,要するに血液が血管壁を押す力一般を指すとする以上(証人橋本信和,同小島精),血圧は,その最も基本的かつ直接的な力であると考えられるし,小島助教授が,その意見書(乙九)で参考文献として掲げるものの多くも,脳動脈瘤と高血圧症との関連を肯定している。また,後記(2)のとおり,脳動脈瘤の形成等の各過程においては,脳動脈血管壁の損傷機能と修復機能とのバランスが崩れることも重要であり,高血圧症があっても,血管壁の修復機能が十分機能していれば脳動脈瘤は発生しないのであるから,高血圧症でありながら脳動脈瘤が生じない人がいることをもって,高血圧症と脳動脈瘤とが関係がないという推論をなすことは合理的ではない。

また,小島助教授は,動脈瘤の成因として高血圧が重要であるならば,頭蓋内以外にも同様の動脈瘤が発生するはずであるが,身体の他の部位に同じ動脈瘤は発生しないことから,高血圧は重要な因子ではない旨述べる(乙九)。しかしながら,頭蓋内の動脈は,外弾性板を欠き,動脈周囲を支える組織に乏しいなど,他の動脈系と比較して,血圧に対する壁の抵抗性が脆弱であり(〈証拠略〉),動脈瘤が発生しやすい構造であると推認できるから,直ちには右意見に左袒できない。

以上からすれば,血圧の上昇という要因は,脳動脈瘤の形成,発達,破裂において,重要な意味を有すると認めるのが相当である。

なお,この点に関連して,小島助教授は,睡眠中や休息中といった何も行っていない状態において,くも膜下出血が発生しうることなどを根拠として,脳動脈瘤の破裂要因として,一時的な負荷による血圧上昇を重要視し過ぎることは相当でない旨述べる(乙九,証人小島精)。確かに,この点について,ロックスレイの著名な症例検討によれば,数値的には相当な数が睡眠中や何もしていない状態において発症していることが認められるが,反面ロックスレイ自身は,睡眠時間等が1日において占める時間的割合の大きさに着目して,むしろ小島助教授とは反対の結論を導いているものであって(〈証拠略〉),その分析自体は決め手となるものではない。そして,小島助教授は,重量物を持ち上げるなどの静的筋労作(特に呼吸を止め,力む,いわゆる「バルサルバ手技」といわれる動作)においては,血圧が上昇するとともに,脳血管壁の外部の頭蓋内圧も上昇するものであるから,この作用によって脳動脈瘤が破裂しようとする力が相殺されると述べるが(乙九,証人小島精),証拠(〈証拠略〉)によれば,血圧の上昇・下降と,頭蓋内圧の上昇・下降は必ずしも同時に起こるものでなく,両者の間に不均衡が生ずることもあり,この不均衡現象が脳動脈瘤破裂の重要な要因と考えられていることが認められる。したがって,右意見は採用することができない。

(2) 〈2〉の点について,橋本医師は,血管壁の破壊と修復とのバランスを脳動脈瘤形成,破裂の重要な要因と考えるところ,小島助教授もこれを積極的には否定しない。そして,証拠(〈証拠略〉,証人橋本信和)によれば,血管壁に血行力学的ストレスが働いても,通常は内皮細胞障害と修復の均衡が保たれるが,動脈硬化など物理的特性を変化させる諸因子が働くことによって,修復機能が退行し,ここに血圧の上昇等によって強い血行力学的ストレスが加わると,血管壁の変性が起こりそこに血小板や白血球が付着することによって更なる脆弱化が進み,その結果,損傷機転と修復機転とのバランスが崩れ,これによって動脈瘤が形成され,遂には破裂に至ることが医学的知見として確立していることが認められる。また,証拠(証人小島精)によれば,直径2.5センチ以上に及ぶ動脈瘤が破裂しないで存在することが認められるところ,このような巨大動脈瘤が存在することは,血行力学的ストレスの作用によって血管壁が膨隆し動脈瘤が発達したとしても,血管壁に対する修復機能が働きその菲薄化が防がれていれば,必ずしも破裂に至らないことを裏付ける1つの根拠たりうるものと判断される。

(3) 〈3〉の点について,橋本医師は,脳動脈瘤の原因には後天的要因が強いと思う旨述べるのに対し(証人橋本信和),小島助教授は,後天的要因の影響を強く示唆しつつも,先天的要因の影響を否定できないとし,合併説の立場に立つ(証人小島精)。しかしながら,橋本医師も遺伝的要素等の先天的要因は否定しないと述べているのであるから(証人橋本信和),結局のところ,両説の差異は程度の差にすぎないと考えられる。

そして,先天的に中膜欠損がないにもかかわらず,加齢によって血管壁が変性し,動脈瘤が形成されたケースも報告されていることや,人為的に高血圧を維持することで人工的に脳動脈瘤を誘発することに成功したケースが報告されていること(〈証拠略〉)に照らせば,先天的要因がなくても脳動脈瘤が発生することはありうるから,相対的に見て,後天的要因を重視すべきものと考えられる(〈証拠略〉)。

なお,中野医師は,本件発症は全く自然的原因に基づくものとしているが,他の専門家の意見はいずれも本件発症に対し看護業務に伴う何らかの影響ないしその可能性があることを肯定している。右意見は,被告主張の基金理事長通達等に則り発症前1週間の業務を中心に,原告の業務に通常と異なる過重なものがなかったか否かを検討しているに過ぎないものであって,看護業務自体に伴う負荷を何ら考慮しているものではないから,これを容易に採用することはできない。

(二) 夜間勤務が身体に及ぼす影響について

橋本医師が,夜間勤務が身体に及ぼす影響を重視するのに対し,小島助教授は,これを重視しない(甲四〇,乙九,証人橋本信和,同小島精)。

証拠(〈証拠略〉)によれば,人体には固有の概日リズム(サーカディアン・リズム)なるものが存在し,昼間においては,心臓の拍動や血管収縮を促進する交感神経系の活動が活発となり,夜間においては,心臓の拍動数を抑え,血管拡張を促進するなどの作用を有する副交感神経系の活動が優位となる傾向があることが医学上認知されていることが認められる。また,右の点に関連して,証拠(〈証拠略〉,証人橋本信和)によれば,血圧の日内変動に関して,個人差はあるものの,午前3時ないし4時ころに最低値をとり,その後徐々に上昇し始め,午前6時ころ最も急激な上昇曲線を描きながら午前10時ないし正午ころに最高値となり,午後には徐々に下降し,午後4時ないし8時ころに再び上昇し以後午前3時ころまで下降を続けることが,医学的知見として存することが認められる。

また,証拠(〈証拠略〉,証人宮尾克)によれば,生体リズムに反する労働での過重負荷(長時間残業,休日なし労働,深夜勤労働など)が持続することによって大脳皮質に影響し,心拍,呼吸に影響を与える自律神経の中枢である視床下部にストレスが加わり,交感神経を刺激するカテコールアミンやアルドステロンや,塩分を体内に留めておくレニン,アンテオテンシンの分泌が亢進され,心拍出量の増大,細動脈収縮といった現象がみられ,血圧が上昇するという医学的知見が存することが認められる。

そして,前記認定のとおり,脳動脈瘤を発達させないために重要なことは,血行力学的ストレスを弱めることでその損傷機転を軽減し,修復機能を強めることにあることを併せ考慮するならば,夜間における勤務は,通常,得られるべき血圧の低下を得られないために,結果的に血管の修復を十分にはかり得ない結果を招来するものと推認できる。

以上によれば,個人差はあるものの,継続的な夜間勤務が脳血管疾患の発症に関して重要な役割を占めることが医学上承認されていることが認められる。

この点,小島助教授は,夜間勤務が脳血管疾患の発症に特に影響を及ぼさない旨述べ,その理由として,脳血管は,血中の炭酸ガス濃度に反応して血流量を一定に保つ機能があるから(いわゆる自動調節機能),覚醒中意識を高めたときであっても,あるいは睡眠中であっても脳血流量はあまり変動しないという(乙9,証人小島精)。しかしながら,血圧が上昇した場合にも血流量を一定に保つということは,血管が収縮して局所血管抵抗を高くしていることを意味するから(〈証拠略〉において,局所血流=血圧/局所血管抵抗とされている。),血管壁に対する血行力学的ストレスはそれだけ増大するのであって,これが脳血管疾患の発症に影響を及ぼすことが考えられる。

(三) 本件発症直前の原告の業務について

宮尾助教授は,本件発症直前の原告の業務,すなわち,高温多湿の浴室において,手術後初めて浴室の洗髪台で洗髪をし,かつ腹部や頸部にドレーンやチューブが挿入されているOを,車椅子から洗髪チェアーに移す業務は,原告に過重な身体的負荷をもたらしたと述べ,その根拠として自らが行った右業務の再現実験結果を挙げる(甲三宮尾意見書,証人宮尾克)。

右再現実験において,救急病棟所属の看護婦で原告と同世代,ほぼ同体重の看護婦2名に右業務を再現させたところ,1名(「被験者M」という。)は安静時において収縮時血圧126/拡張時血圧78であったものが,車椅子から洗髪チェアーに移動介助中は158/67となり,もう1名(「被験者N」,という。)は,安静時124/69であったのが,車椅子から洗髪チェアーへの移動介助中は216/118という結果が得られた。いずれも収縮時血圧が上昇しており,特に被験者Nにおいては,その上昇が著しい。また,宮尾助教授の意見書(甲三)には,いずれの被験者も,「ドレーンや持続点滴が気になり,しかも車椅子から洗髪チェアーへの移動は,姿勢が悪くて非常に重く感じ,私も危険すら感じた。」と述べていたことが記載されている。そして,宮尾助教授は,被験者Mの実験結果について,測定装置の装着位置の体動が激しかったためにピーク時の血圧が正確に測定できなかったもので,実際の血圧はもっと高かったものと推測している(証人宮尾克)。

ところで,原告は,Oを洗髪チェアーに移した後で極めて強い頭痛を感じ,うずくまったというのであるところ,右業務が,右実験に見られるとおりかなりの血圧上昇を来す業務である上,前記(一)(1)のとおりいわゆるバルサルバ手技が,脳血管疾患の直接的な契機となることは医学上も承認されている。また,Oを洗髪チェアーに移動させる際の作業負荷が,相当な肉体的・精神的緊張をもたらす業務であることは優に推認でき,証拠(〈証拠略〉,証人橋本信和)によれば,このような精神的ストレスが急激な血圧上昇をもたらすことも認められるから,右業務に伴う身体的負荷及び精神的負荷による血圧上昇が契機となって本件発症に至ったことは十分推認することができる。

以上のように,本件発症の直接の契機が右業務であることは認められるのであるが,他方,右実験結果で得られた血圧216/118という数値も異常に高いものではなく,100メートルを全力疾走した直後の血圧よりも低いと思われると宮尾助教授自身が認めること(証人宮尾克)などに照らせば,一回限りの右業務だけでは原告の脳動脈瘤破裂の原因力となったと評価するには疑問がある。そうであれば,右時点において,原告の脳動脈瘤の血管壁は相当に脆弱化しており,破裂の一歩手前まで来ていたと認められるから,右業務のみで本件発症について公務起因性を認めることはできないとしても,原告の脳動脈瘤がそこまで脆弱化した状態に至ったことが,これまで原告が長期間にわたって従事してきた看護業務による強度な負荷に起因するか否かという点を検討しなければならない。

四  公務起因性についての判断基準

1  地方公共団体の職員が被災した場合において,地方公務員災害補償法に基づく補償を受けるには,当該災害が公務により生じたもの,すなわち「公務上」であることが要件とされているところ(同法45条1項,26条,28条,28条の2等),右制度が使用者の過失の有無を問わずに,被災職員に生じた損失を補償する制度であることからすれば,公務上の災害といえるためには,当該災害が被災職員の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものであると認められる必要がある。したがって,被災職員の傷病が公務上の災害といえるためには,公務と当該傷病との間に条件関係があることを前提に,右補償制度の趣旨に照らして,そのような補償を行うことを相当とする関係,すなわち,相当因果関係が必要であると解される。

2  そして,右相当因果関係が認められるためには,公務が当該傷病の唯一の原因である必要はないが,当該業務が,被災職員の基礎疾病等他の要因と比較して相対的に有力な原因として作用し,その結果当該傷病を発生したことが必要であると解すべきである。

3  ところで,今日,何らかの基礎疾病を有しつつ,職務に従事している者は多いことからすると,当該職員の傷病が,職務に内在ないし随伴する危険性の発現とみうるか否かの判断,すなわち当該職員が従事していた職務が強度の負荷を伴うものであったか否かの判断に際しては,全く基礎疾病を有しない者を基準にして判定を行うのは相当ではなく,他方,前記地方公務員災害補償制度の趣旨からすれば,右の業務に内在する危険性の判断は客観的になされるべきであるから,基礎疾病を有する当該職員を基準とするのは相当ではない。そうすると,右判断に当たっては,基礎疾病を有しつつも勤務の軽減を要せず,通常の勤務に就き得る者を基準にして判定するのが相当である。

これを基礎疾病との関係でいえば,当該職員が,右の基準に照らして強度の負荷を伴うと評価される職務に従事したことによって,その有する基礎疾病が自然的経過を超えて増悪された結果,より重篤な傷病を発生したと認められる関係が存することが必要であると解される。

また,公務による負荷を判断する上で,同僚の業務との比較は,考慮されるべき一要素となりうることは否定し得ないところであるが,他の業種と比較して,当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において,同僚と比較すればこれがないとすることは公平を欠く上,前記のとおり,地方公務員災害補償制度の趣旨からすれば,当該傷病が,職務に内在ないし随伴する危険性の発現と認められれば補償の対象とすべきものであるから,同僚との比較を過大視することは相当ではない。

4  なお,本件の脳動脈瘤のように,本人に自覚症状がない間に基礎疾病が潜行している場合などにおいては,厳密な医学的判断が困難となる場合もあり得るが,法的な因果関係の証明は,一点の疑義も許さない自然的証明とは異なるものであるから,そのような場合であっても,経験則に基づき,当該職員の職務内容,就業状況,生活状況,健康状態等を総合的に考慮して,当該職員の従事していた職務が,他の諸要因と比較して,当該傷病発生の有力な原因となっていたことが,医学的に矛盾なく説明できるのであれば,当該業務と傷病との間に相当因果関係が存すると認めるのが相当である。

5  被告は,公務起因性の判断については,前記の基金理事長通達及び同通知によって定められた基準によるべきであると主張する。これらの基準は,専門医師で構成された専門家会議によって検討された結果を基に定められたものであり,その内容は尊重されるべきものではあり,当裁判所の見解と共通する部分も多いが,右基準は,公務上外についての認定処分を所管する行政庁が,実際に処分を行う下部行政機関に対して運用の基準を示した通達であって,司法上の判断にあたっては,必ずしもこれに拘束されるものではない。したがって,実質的かつ総合的に,当該公務が傷病に与えた影響を判断すべきである。

五  本件における公務起因性について

1  原告が長期間従事してきた看護業務は,前記四の基準に照らせば,特に以下の点において,強度の負荷を伴うものであったと認められる。

(一) 原告が従事した看護業務について,その勤務時間等をみる限り,発症前1か月間における時間外労働は,多い日でも1日1時間30分程度であり,それ以前の期間についてもほぼ同様であったものと推認される。したがって,勤務時間だけをみる限りでは,必ずしも長時間労働ということはできない。

(二) しかしながら,その業務の質についてみると,ICUにおいても救急病棟においても,多様な業務を時間に追われながらこなさなければならず,体位変換等身体の自由の利かない患者の介助についてはかなりの肉体的負荷を伴う業務であった。また,救急病棟においては,これらの業務をこなしながら,患者からのナースコールに応対しなければならず,非常に多忙な業務であったと推認できる。さらに,他の病棟との比較においても,ICU,救急病棟ともに緊急度の高い患者を収容することが多いから,緊張を強いられる業務であったと認められる。

(三) 特に,本件発症1か月前である平成2年7月6日以降は,患者1人当たりの看護婦の受け持ち人数が,それまでと比較して非常に多くなっている。これによって,原告の肉体的・精神的負荷が非常に増加したことは容易に推認できる。

(四)(1) 原告が従事してきた夜間勤務は,ICU勤務であった平成2年3月までの時期においては,前記のとおり昭和63年以降のものをみる限りでも,多くの月において月10回以上に及んでおり,これは,月夜間勤務8回以下とした前記昭和40年5月24日人事院判定に照らすと,回数が多い。また,平成2年4月以降の救急病棟勤務においては,原告に月10回の夜間勤務が課されたことはないものの,多くの月で右人事院判定を超える9回の夜間勤務が課されている。このことは,これが長期間継続していただけに肉体的・精神的両面においてかなりの負担となるものであったというべきである。

この点について,被告は,夜勤業務は主に管理・観察といった肉体的負荷を伴わない業務であると強調する。しかしながら,病棟日誌(〈証拠略〉)の記載によると,準夜勤務,深夜勤務において,いずれの日も,多数の患者に対し多岐にわたる処置を行ったことが記載されており,夜間勤務が2,3名の少人数で行われることからすれば,それ自体相当に多忙な業務であったと推認されるし,看護業務は病棟日誌に記載された内容に止まるものではなく(〈人証略〉),これに記載されていない体位変換等は相当に肉体的負荷を伴う業務であると考えられる(〈証拠・人証略〉)。また,救急病棟という性質上,他の病棟以上に患者の状態に気を配る必要があると考えられる(〈人証略〉)。したがって,全体として相当な負荷であったというべきである。

(2) また,看護業務の夜間勤務が,他の交代制勤務の夜間勤務と異なるのは,規則的に夜間勤務が組み込まれるのではなく,極めて不規則に夜間勤務が組み込まれる点であり,これが前記の人体固有の概日リズムに反し,身体の変調をきたす要因ともなりうるものである。

(3) さらに,原告に「日勤→深夜」のパターンが多く,本件発症前1か月間にこのパターンを5回も繰り返していたことは,原告の公務による負荷を判断する上で無視することができない要素である。なるほど,本件病院においては,深夜勤務に入るパターンとしては,「日勤→深夜」と「休日→深夜」のパターンのみであるところ,原告の同僚であった者は,「休日→深夜」のパターンは,翌日の深夜午前零時30分から勤務しなければならず,休日に精神的余裕を持って休むことができないことから,敬遠されがちであり,また,「日勤→深夜」のパターンにおいては,患者の様子が比較的よく分かるので勤務しやすいと証言する(〈人証略〉)。しかしながら,右証言も,2つしかないパターンのうちどちらを選択するかという観点からなされたものにすぎず,積極的に「日勤→深夜」のパターンを推奨しているものではないし,昭和52年にILO総会で採択された「看護職員の雇用と労働および生活条件にかんする勧告(〈証拠略〉)」において「交替勤務を命じられた看護職員には,次の交替との間に少なくとも連続12時間の休息時間が与えられなければならない。」と定められていることからすれば(〈証拠略〉),右パターンは身体に相当な負荷をかける業務であり,これを1か月に5回も繰り返していたことは,客観的に見てかなりの負荷であったと認めざるを得ない。

そして,原告が家庭においては主婦であり,子供もいたことからすれば,「日勤→深夜」のパターンにおいて7時間30分の間隔しか与えられていないことによる身体への影響は,相当に大きかった可能性がある。

被告は,夜間勤務の後,原告は十分休息をとれたはずであると主張するが,前記のとおり人体には固有の概日リズムがあることからすれば,交感神経系の活動が優位となる昼間の睡眠によって十分に疲労が回復されるとは言い難いし,原告が家庭において主婦であることからすれば,昼間においても十分な休息がとれなかった可能性もある。そして何よりも,夜間勤務によって生活のリズムが不規則になることは避けられず,これを繰り返すことによって疲労が蓄積されるものと考えられるから,被告の右主張を採用することはできない。

(五) 被告は,原告の業務は,看護婦の通常業務の範囲内であり,原告のみに過重な負荷がかかっていたわけではないと主張する。しかしながら,前記のとおり,同僚との比較を過大に評価するのは相当ではなく,看護婦の業務自体が肉体的・精神的に負担が大きいものであるし,原告はICUや救急病棟といった比較的負荷が大きい部門に勤務していたから,右主張も当たらない。

2  原告の脳動脈瘤がいつどのように形成されたかについては,証拠上明らかではないが,それが本件発症時点において11ミリ×8ミリ×7ミリと相当に大きいものであったことからすれば,ある程度の時間をかけて形成され,発達し,本件発症に至ったものであると推認するのが相当である。原告には素因ないし血行力学的ストレスの影響で脳動脈瘤が形成されたと推測され,その意味で基礎疾病を有したものというべきである。しかしながら,原告はICU勤務時から本件発症に至るまで長期間にわたって前記認定の内容の勤務をこなしており,少なくとも,ICU勤務当時においては勤務の軽減を要せず,通常の勤務に就き得る者であったと認められる。そして,脳動脈瘤を有する者のうち破裂にまで至る者の割合はごく僅かであること,脳動脈瘤の形成・発達・破裂の要因としては先天的な脳血管壁の脆弱性といった先天的・遺伝的要因もさることながら,後天的要因を重視すべきことは前記認定のとおりであること,原告には高血圧症,肥満,喫煙,恒常的な飲酒といった脳血管壁を脆弱化させるような要素(リスクファクター)は特段存在しなかったこと,原告の家庭生活等において血圧上昇の原因たり得る肉体的・精神的負荷をもたらすような特段の事情が認められないことを総合的に考慮すれば,原告の脳動脈瘤の発達・破裂に至った要因は,主として,肉体的・精神的負荷を伴う看護業務,とりわけ多数回に及ぶ夜間勤務を含む不規則な勤務形態である強度な負荷を伴う業務を長期間継続したことによって,脳血管壁の修復に必要な夜間の血圧下降が得られず,その疲労を十分に回復できない状態が継続し,これに本件発症前1か月間の多忙な業務による蓄積疲労とが相俟って,脳血管壁を脆弱化させたことにあると推認するほかはない。そして,本件発症当日には,くも膜下出血の危険性の高い段階にまで至っていたものであり,これが本件発症直前の患者の介助業務の際のバルサルバ手技を伴う行為を直接の契機として遂に破裂したものと認めるのが相当である。なお,原告には,本件発症の兆候というべき前駆症状は特段認められないが(〈証拠略〉,原告に対する面談聞取書),くも膜下出血においては自覚的な前駆症状がないこともあるから(証人宮尾克),右認定と何ら矛盾するものではない。

ところで,被告は,脳動脈瘤の形成・発達・破裂の機序は,医学経験則上必ずしも明確ではなく,過重な業務が直ちに脳動脈瘤破裂に結び付くという医学的知見は存在しないから,本件においてその因果関係は証明されていない旨主張する。しかしながら,前記のとおり,法的な因果関係の証明は,一点の疑義も許さない自然的証明とは異なるものであり,経験則に基づいて,原告が従事していた職務が,他の諸要因と比較して当該傷病発生の有力な原因となっていたことが医学的に矛盾なく説明できるのであれば足りると考えられるところ,本件において右の点について証明はなされていると認められるから,被告の右主張を採用することはできない。

3  以上の事実に徴すれば,原告の従事していた看護業務による継続的で強度の負荷が有力な原因となって基礎疾病である脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させた結果,本件発症当日の洗髪業務による血圧の上昇等が直接の契機となって脳動脈瘤の破裂を来た(ママ)し,くも膜下出血の発症に至ったものと認められる。

したがって,本件発症については,公務が相対的に有力な原因となっているとみられるから,公務と本件発症との間に相当因果関係を認めることができる。

第四結論

以上によれば,本件において公務起因性を否定した本件処分は違法であり,取消しを免れない。よって,原告の本訴請求には理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 増田周三 裁判官 西村康一郎)

別紙一 ICU病棟における一般的な勤務内容

〈1〉 日勤業務(午前8時30分から午後5時まで)

午前8時30分 申告(申し送り)・ミニカンファレンス

午前9時 吸入・BB・検査データのチェック

午前9時30分 回診(外科)医師報告

午前10時 バイタルチェック・KTチェック,転室準備・転室後のベッド作成,転入受入準備,患者のベッド周囲の整理整頓,中材交換(備品係)

午後零時 バイタルチェック,給湯・配膳・食事介助・下膳・投薬

午後1時 中材交換(備品係)

午後2時 バイタルチェック・KTチェック,手術後患者の吸入,創部点検・ガーゼ交換

午後3時 翌日の検査作成

午後4時 最終バイタルチェック,蓄尿量,サイフォン量のトータルをチェック

午後4時30分 申告,汚物室の整理整頓

※ バイタルチェック,蓄尿量は患者の状態に応じて行う。

その他 ・指示簿のチェック及びカーデックス記入

・助手不在時(土・日・祝日)は,ICU内の掃除を行う(上拭き,箒で掃く,モップで消毒(スリッパ洗い)。

・各器械の点検,補充

・注射伝票,処置伝票をおとす。

・翌日転入予定患者のチャート,カーデックス,酸素伝票,血型,ネームプレートの作成

〈2〉 準夜勤務(午後4時30分から翌日午前1時まで)

出勤時 員数点検

午後4時30分 申告,注射伝票,酸素伝票を整理し,翌日分を準備する。翌日のチャート作成

午後6時 バイタルチェック・KTチェック,吸入(手術後2日目以降の患者),給湯,配膳,食事介助,下膳,投薬

午後8時 手術後患者の創部点検,ガーゼ交換

午後10時 KTチェック,吸入(手術当日の患者)

午前零時 最終バイタルチェック,蓄尿量,サイフォン量のトータルをチェック,手術後患者の創部点検,ガーゼ交換,申告準備

午前零時30分 申告

午前1時 バイタルチェック(必要時)

※ バイタルチェック,蓄尿量は患者の状態に応じて行う。

その他 ・指示簿のチェック及びカーデックス記入

・手術患者の受入

・手術室からの申告を的確に受ける。

・注射伝票,処置伝票をおとす。

〈3〉 深夜勤務(午前零時30分から午前9時まで)

出勤時 員数点検

午前零時30分 申告,採血,検査伝票の整理とチェック,チャート作成確認(検査,その他)

午前2時 バイタルチェック,KTチェック,吸入(手術後当日患者のみ),手術後患者の創部点検,ガーゼ交換

午前4時 バイタルチェック

午前6時 バイタルチェック,KTチェック,輸液量,蓄尿量のトータル,各ドレーン,サイフォン量のトータルをチェック,吸入,手術後患者の創部点検,ガーゼ交換,採血

午前7時 洗面介助,含嗽介助

午前8時 最終バイタルチェック,給湯,配膳,食事介助,下膳,投薬

午前8時30分 申告

※ バイタルチェック,蓄尿量は患者の状態に応じて行う。

その他 ・指示簿のチェック及びカーデックス記入(深夜分)

・回診車の整理整頓,補充

・注射伝票,処置伝票をおとす。

別紙二 救急病棟における一般的な勤務内容

〈1〉 日勤業務(かっこ内は所要時間)

・深夜勤務者から入院患者の病状等について申告を受ける(30ないし40分)。

・チームリーダーと受持ナースとのミーティング(10分)

・外科回診介助(創部交換介助)(20分)

・受持患者の介護(全身清拭,寝衣交換,口腔清拭,膀胱清浄,体位変換,痰吸引,ネプライザー吸入,洗髪,入浴,シャワー介助,各種チューブ類の交換,床頭台の整理整頓,心電図モニターの監視等)(1時間ないし1時間30分)

・検温(体温脈拍測定・一般状態観察),血圧測定,記録(30分)

・給食配膳,昼食の準備(10分)

・詰所の掃除,中材交換(10分)

・カンファレンス(看護計画の作成,修正)(30分)

・全患者のシーツ交換(水曜日のみ)各種検査のための患者の輸送,経時的な観察事項,心電図モニターの監視(以上1時間)

・検温,記録,受持ナースからチームリーダーへの申告(以上30分)

・給食配膳,夕食準備(10分)

・検査データの整理,カルテに貼付,指示簿の点検・整理(20分)

〈2〉 準夜業務

午後4時30分 備品の点検,申告,注射伝票の整理(準夜勤務で行う時間注射,持続点滴などをカルテに記入),酸素伝票の整理,時間注射の準備

午後5時30分 食事介助

午後6時 配膳,リーダーは4検者(重症患者等1日4回体温をはかる必要がある患者)のみ検温,食事量チェックを行い,カルテ記入,各時間処置(医師から指示された注射とか時間投薬,排液量等のチェックを時間ごとに行うこと,以下1時間ないし2時間おき)

午後7時 特定病床巡視(医師からの指示により,症状的に特に注意を要する患者を1時間ごとに巡視する。以下毎時)

午後8時 尿捨て,体位変換,ムツキ交換,イブニングケアー,薬局に処方を見に行く。

午後10時 巡視,消灯,臨時で行った処置又は時間処置などをカルテに記入する。必要に応じてスタッフからリーダーへの申告

午前零時 巡視,持続点滴追加,処置伝票の記載

午前零時30分 申告(リーダーが行う。),メンバーは申告中のナースコール及び電話の対応,緊急入院患者の処置,看護

午前1時 特定病床巡視,各時間処置

その他 ・心電図モニターの監視

・血圧測定

・手術後患者の創部ガーゼ交換

・人工呼吸器監視

・痰吸引など

夜間入院があった場合 ・緊急入院患者の既往歴,経過聴取

・検査表の作成

・カーデックス作成

・緊急入院患者の指示簿の点検

※ 休憩は1時間とされているが,現実には,患者の処置に追われることから,ほとんど取れていないのが実状である。

〈3〉 深夜業務

午前零時30分 備品の点検,申告,注射伝票をカルテ記入,検査伝票とスピッツを照合する。赤沈の準備,処置伝票の記入,看護婦が管理する投薬を朝,昼,夕に入れ分ける。回診車の整理整頓,尿量の用紙作成

午前1時 特定病床巡視,各時間処置

午前2時 巡視,ムツキ交換,体位変換,尿捨て,カルテ整理,各時間処置

午前3時 特定病床巡視,各時間処置

午前4時 巡視,ムツキ交換,体位変換,尿捨て,清拭車のスイッチ入れる。各時間処置

午前6時 尿量や各ドレーンをチェックする。検温(4検者のみ),各時間処置,ムツキ交換

午前7時 モーニングケアー(自分で洗面等のできない患者に歯磨きや洗面等の介助をすること),各時間処置

午前8時 配膳,食事介助,フローチャート整理,各時間処置

午前8時30分 申告,メンバーは,申告中のナースコール,緊急検査の連絡,下膳,各時間処置

午前9時 特定病床巡視

その他 ・緊急入院患者の受入と処置(随時)

・患者からのナースコール応対,処置(随時)

※ 休憩は1時間であるが,仮眠はほとんど取れないのが現状である。

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